持続可能なキューバの福祉医療社会に学べ
医療、教育、福祉は無料乳幼児死亡率は米国以下
日本でキューバというと、米国経由の「革命とゲリラの怖い国」という情報しかないが、国交がないのは米国だけで、日本をはじめ世界の国とは友好関係にあるのである。医療、教育、治安がよく、人々は貧しくとも心豊かに暮らしている。それは何故か。医療、教育、福祉が無料で、高度医療が受けられ、教育が充実しているからである。識字率は97%に達しており、「120歳クラブ」という老人サークルもあり、発展途上国ではダントツに長寿国なのである。以前「ブエナビスタソシアルクラブ」という平均80歳のソンのミュージシャンの映画が日本でも人気だったのが記憶に久しいと思うが、キューバはあの映画のように、楽しく安心して老いることができる国なのである。
ひるがえって、日本はどうだろう。今の医療現場は病んでいる。医師は過剰労働で過労死、年老いて金がなければ病院には入れず、訴訟が怖くて産婦人科はたらい廻し、万年医師不足、医療ミスが相次ぐという状況だ。私たちは、農業だけでなく医療や福祉制度もキューバから学ばなければならないだろう。
キューバは、貧しい国といわれながらも、実に3万人もの医師を世界中の紛争地域や災害地域に「国境なき医師団」として派遣している。「ハリケーン、洪水、その他の天災に直面するどんな国に対しても医師の援助をするだろう。我々は健康の普及と人類への責務という倫理観を持つよう、医師たちを最新の教育技術で訓練していく」とカストロ首相は語っている。
キューバでは、経済崩壊後、医療機器や医薬品が手に入りにくくなったため、代替医療が発達した。鍼灸ハーブ、自然食、気功、ヨーガなど自然・伝統医療の診療所が全国各州に設立されている。「最高の医療は予防にある」というキューバをスペインから解放した、ホセ・マルティの言葉が実践されているのである。 革命家であり、医師でもあったチェ・ゲバラの「貧困と迫害に喘ぐ人々を助ける」という思想が今もキューバには息づいているのである。
アグロエコロジーが、スローライフ大国を造る
音楽、芸術、有機農業がバランスのよい生活を産む
キューバといえば、作家ヘミングウェイがこよなく愛した国として有名だ。「誰がために鐘はなる」は、オールドハバナのアンボスムンドスというホテルで、「老人と海」はハバナ郊外の小さなコヒーマルという漁港を舞台にしている。その小さな漁港にある店「ラ・テラッサ」では、毎日のようにヘミングウェイが訪れ、彼のお気に入りのカクテル「モヒート」や「ダイキリ」を口にしていたそうだ。キューバ産のラム酒といえば「ハバナクラブ」、葉巻といえば「コイーバ」が知られている。ラム酒は他にも20種類ぐらいあり、それぞれの酒造所には、洒落た販売所が併設されている。
世界遺産のオールドハバナの市街地には、50年代のアメ車が多数、今もなお現役で走っているのには驚く。スペイン統治時代のコロニアルな建築様式の街並みに、走るその車の雄姿はどこを撮っても絵になるのだ。
ハバナの街中に聞こえてくるソンやサルサの音楽が、亜熱帯の青い空に突き抜けていく。人々は、物資的には貧しい暮らしを強いられているが、ダンスや音楽を愛し、底抜けに明るい笑顔を絶やさない。都市の駐車場や屋上を菜園にし、生ゴミをミミズプロジェクトによって堆肥化する。その堆肥を使って有機農産物を作り、ホテルや病院、学校に配る。そんなアグロエコロジカルな環境が、街を浄化する。だから、街にはオープンカフェが多いが、不思議とゴキブリやハエを見なかった。
スーパーマーケットにしろ、市場にしろ、キューバで食べる野菜や果物は全て有機野菜なので、安心・安全でおいしい。薬草の研究も盛んなので、薬も自然の漢方薬やサプリメントが発達している。
昨年、沖縄はキューバ移民100周年を迎えた。現在、キューバには日系移民が約1000人在住しているが、そのうち沖縄系の人たちは約200人を占めている。彼らは、主に農業や漁業などに携わっている。 私の尊敬する沖縄キューバ友好協会の会長、上原亀一郎さんの父も糸満から海人として、漁業指導にキューバに渡った。亀一郎さんは「沖縄とキューバは良く似ている。気候も人もオープンなのだ」。と、その上原亀一郎さんが2007年12月に逝去した。謹んで、ご冥福をお祈りしたい。


































